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テ・ジョヨン面白いです

テ・ジョヨンという韓国歴史ドラマは、すごく面白くて、何で最初から見なかったんだろうと、思います。
こんなに面白いなんて!!

朱蒙がミーハーチックな魅力があって、ソン・イルグクというヒーローに集中しているのに対し、テ・ジュヨンは、もちろんテ・ジュヨンもヒーローで魅力的だけれども、ライバルであるイヘゴがすごい。

124回目から、見始めたと思うのですが、イヘゴが捕らえた敵側の武将を前にして、こんなことを言います。
「おれは、自分の目を自分でついて、この大総官の地位を得た。お前も自分で自分の目をついたら、命は助けてやる。そのくらいの覚悟がなければ、大きなことをできるわけがない」
敵側の武将は、目を突き刺そうとするが、できない。
イヘゴは、その武将を切り殺す。

何十万人という高句麗や契丹の民をつれて、唐から脱出しようとするテ・ジュヨン。
イヘゴ将軍たちが、圧倒的な軍力で迫ってくる。
天門嶺にたどり着くために、命がけで、戦う。
唐の則天武后が、怖そう。

渤海建国の歴史を知りたくなりました。
百済滅亡と同じころ滅亡した高句麗の民が唐に移住させられて、苦難にあえいでいる。
その中で、民を救って、新しい国を建てるという大業を目指す英雄テ・ジュヨン。
朱蒙よりも、もっとすごい。

ウィキペディア引用。

68年の高句麗滅亡後、高句麗の遺民たちはによって営州(現在の遼寧省朝陽市)に強制移住させられていた。

690年に唐で武則天が即位すると、内政が混乱を始める。この動揺を突いて、同じく強制移住させられていた契丹が暴動を起こした。この混乱に乗じて、高句麗遺民らは、粟末靺鞨人指導者乞乞仲象の指揮の下に営州を脱出し、その後、彼の息子大祚栄の指導の下に高句麗の故地に帰還、東牟山(吉林省延辺朝鮮族自治州敦化市)に都城を築いて震国を建てた。この地は後に「旧国」と呼ばれる。大祚栄は唐(武周)の討伐を凌ぎながら勢力を拡大し、唐で712年に玄宗皇帝が即位すると、713年に唐に入朝する事で独立を認めさせることに成功し、「渤海郡王」に冊封された。

2代大武芸仁安と言う独自の元号を用いて独立色を明確にし、唐と対立して一時山東半島の登州(山東省蓬莱)を占領したこともあった。また唐・新羅黒水靺鞨と対抗するために日本へ使者を送っている。軍事的な同盟の用はなさなかったものの、毛皮などが交易された。この交流は渤海滅亡まで続き、計34回使者が行き来している(渤海使遣渤海使)。 大武芸が没するとその子大欽茂が即位し大興と 改元した。父武王の唐との対立した政策を改め文治政治へと転換する。唐へ頻繁に使節を派遣し恭順の態度を示すと共に、唐文化の流入を積極的に推進し、漢籍 の流入を図ると同時に留学生を以前にも増して送り出すようになった。これらの政策を評価した唐は大欽茂に初めて「渤海国王」と従来より高い地位を冊封して いる。この他旧国(東牟山)から上京竜泉府(現在の黒竜江省牡丹江市)への遷都を実施し、五京を整備する等の地方行政制度を整備するなど唐制を積極的に採り入れるなどし、国力の発展が見られた。

このようにして渤海発展の基礎が築かれたが、大欽茂治世末期から国勢の不振が見られるようになった。大欽茂が没すると問題は深刻化し、その後王位継承に混乱が生じ、族弟の大元義が即位後、国人により殺害される事件が生じた。その後は大欽茂の嫡系の大華璵が即位するが短命に終わり、続いて大嵩璘が即位し、混乱した渤海国内を安定に向かわせる政策を採用した。大嵩璘は唐への恭順と日本との通好という外交問題に力を注ぎ、渤海の安定と発展の方向性を示したが、治世十余年で没してしまう。大嵩璘没後は大元瑜大言義大明忠と短命な王が続いた。この6代の王の治世は合計して20数年でしかなく、文治政治の平和は継続したが、国勢の根本的な改善を見ることができなかった。

国勢が衰退した渤海であるが、大明忠が没し、大祚栄の弟である大野勃の4世の孫大仁秀が 即位すると渤海は中興する。大仁秀が即位した時代、渤海が統治する各部族が独立する傾向が高まり、それが渤海政権の弱体化を招来した。これに対し大仁秀は 北方諸部の攻略と郡県の設置を行った。特に渤海に対し独立した勢力を保有していた黒水部を攻略することに成功し、黒水府を設置した。これにより黒水部が独 自に唐に入朝することはなくなり、その状態は渤海の滅亡直前まで続いた。他にも鉄利府、定理府、安辺府、懐遠府を設置し、遼東半島などをのぞいて旧高句麗の領土をほぼ回復し、「海東の盛国」と称されるようになった。

その子の大彝震の時代になると、軍事拡張政策から文治政治への転換が見られた。唐との関係を強化し、留学生を大量に唐に送り唐からの文物導入を図った。渤海の安定した政治状況、経済と文化の発展は、続く大虔晃大玄錫の代まで保持されていた。

10世紀になると渤海の宗主国である唐が藩鎮同士の抗争、宦官の専横、朋党の抗争により衰退し、更に農民反乱により崩壊状態となった。この結果渤海 を含む周辺諸国に対する支配体制も弱体化していった。その結果中国の史書から渤海の記録が見出されなくなる。大玄錫に続いて即位した大瑋瑎、それに続く大諲譔の時代になると権力抗争で渤海の政治は不安定化するようになった。唐が滅びた後、西のシラムレン河流域において耶律阿保機によって建国されたキタイ(契丹国。のちの遼)の強い圧迫を受け、渤海は926年に滅亡した。契丹は故地を統治すべく東丹国を設置して支配したが、貴族をはじめとする領民が大挙して高麗に亡命して930年に自然消滅した。しかし、渤海における唐の制度は、契丹が中原化していくに際し参考にされ、遼の国制の特色とされる両面官制度に影響を与えたといわれる。

また東丹国が930年ごろに消滅して以降、数度にわたって遺民が渤海再興を試みるが、キタイ(契丹、遼)の支配強化によってすべて失敗に終わり、そのつど遺民は高麗へ亡命していった。しかし、黒水靺鞨から発展した女真が建てた王朝(1115年1234年)において、旧領に残った渤海遺民は厚遇され、官職につく者や、王家に嫁ぐ者もいた。金を滅ぼしたの代では、華北の渤海人は「漢人」として支配を受ける。その後、女真は満州として再び台頭するが、渤海の名称は東アジア史から姿を消してしまう。

[編集] 歴史論争:各国による歴史的評価の相違

渤海は先の高句麗と同様、近年になって朝鮮民族の王朝か、中国大陸の地方政権かということで大韓民国朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と中華人民共和国の間の論争が起こっている。 韓国、北朝鮮は高句麗を継承して新羅と対立して北に興った朝鮮民族系の王国という立場をとっており、新羅と渤海が並立した時代を「南北国時代」と呼んで歴史教育を行っている。

一方、中国もまた高句麗同様に渤海は中原の王朝から冊封を受けた地方政権のひとつであるという立場を貫いており、双方は対立して譲らない。中国としては韓国と北朝鮮の統一後に表面化すると思われる国境問題と朝鮮族帰属問題を事前に牽制するために高句麗、渤海問題を利用していると見られる。

またロシアの歴史学界からは、旧ソ連の時代以来、渤海は極東少数民族による自立した独自の文化・社会を有した国家であり,中国や朝鮮半島に関連付けることに反対する学説が提示されている。

現代社会の政治情勢と絡み、その歴史的意義が各国によって大きく異なっていることが看取できよう。現在判明している事実を用いて歴史学的立場からこの問題に臨むならば、おおむね以下のように考察し得る。

まずロシアの見解では渤海は満州史(沿海州含 む)に含まれ、朝鮮史や中国史に属さないことになる。渤海の構成住民の多くが満州の狩猟民族であったことから一定の客観性を持っているが、支配者層に高句 麗の遺民が含まれていたと考察されることから朝鮮史との関連性を完全に否定する歴史観が客観性に十分であるかについては議論の余地がある。

次に韓国北朝鮮で主張される南北国時代論で あるが、両国で支配的な渤海を朝鮮民族の淵源とする見解は朝鮮半島の現在の民族・国家形成に渤海が一定の役割を担ったことは各資料から推察されるところで あり、関連性という面では朝鮮史との関連性は認められる。しかしこの点を以って朝鮮史以外の慣例をを否定する点については各国史学会より異論が出されてい るとことである。事実支配者層に高句麗遺民が含まれ、渤海滅亡後には渤海遺民が高麗へ 帰属しているが、全土に満州系住民が存在していた点への考慮が乏しいといわざるを得ない。また歴史的な民族概念と現代の民族概念を同一視している点も問題 であり、渤海がすなわち現代朝鮮民族の祖流であるとするのではなく、各住民が混交して高麗期に朝鮮民族が形成されたという見解も広まっている。

最後に中国の「地方政権」という言い分については、「中国」の意味・領域をどこまで拡大するかによるが、言語・生活習慣・民族のすべてにおいて中原の農耕社会とは本質的に異なっていることを考えると是とし難い。更に王朝や五代諸王朝、のように漢語が日常的に使用される地域を一時期でも統治領域とし交わった事実もない。単に冊封体制化の王朝文化において唐王朝の文物を模倣したに渤海文化を中原文化と同一視する点は、古代の冊封体制を現代に援用したものに過ぎないとして批判が強い。 また後年のから後金、そしてへと繋がる地域を統治した国家である点を重視して中国の地方政権と称す学説もあるが、地理的な問題と歴史的継承問題を同一視した学説に過ぎないとも言える。

日本では渤海を朝鮮・高句麗系の支配層と満州系民族との混成国家であると見做した各国の歴史観を折衷した学説が一般的である。


 

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