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「私の心は花の雨」はまだ親子と知らないまま

コンニムとソ・ヨニは、まだ親子とは知らないままで、チョン・イルランと、イ・スチャンのいいなりになっている。

今日は、116話。
最後は128話。

「戦争の惨禍の中、他人の生活を奪った女性と、それによって全く別の人生を歩むことになってしまった子どもたちの夢と愛、そして‘許し’と‘和解’の物語」と、KBSのホームページには、書かれているが、ソ・ヨニは無実の罪で、刑務所にはいらされたり、コンニムも危うく前科者にされそうになり、濡れ衣で、莫大な弁償費用を請求されたり、次から次へと、ひどいしうちを受け続けているのに、どうやって許せるのか、和解できるのか、と思う。


チョン・イルランと、イ・スチャンの悪だくみは、とどまるところを知らず、最後まで、親子とは知らないまま、終わるのではないか、と思い、あらすじサイトを見てしまった。

ま、今日のストーリーは、いよいよ次の117話では、親子と分かるのではないか、と思うわけなんだけれども。

このドラマは、いたるところで、話を立ち聞きしてしまうことから、ばれていく。

まず、ヘジュが立ち聞きで、事実を知る。
そして、前回は、いよいよコンニムが、自分が捨て子だったことを知ったが。今回、コンニムが自分のことを捨て子と知ったということを、チュンシク(コンニムの育ての母親)が知り、コンニムに、実の母がソ・ヨニであることを教える。
しかし、だまされたままの、ソ・ヨニは、アメリカに行くために、出発し、バス停までコンニムが送ってきたばかり。

すれ違いのまま、アメリカに行くのか、とはらはらしてしまうわけで。

見ているほうは、親子なのに、なんで、わからないの、といらいらしてしまって、もうだめ。

よくもここまで話をもたせたものだ。

しかし、最後はどうなるのだろうか。
許せるわけないよね。
普通に、頭にくるでしょう。

でも、よくここまで、みている人をいらいらさせるドラマを作るよね。

もう、いやだ。

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