「夜叉」を最終話まで見ました
いいドラマには、テーマがあると教えてもらった。
この「夜叉」には、テーマがあるようにも思える。
ドンノクと、ベッキョル兄弟は、本当の兄弟ではないらしいけれども。
回想シーンで、ちょこっと出てくるの詳しい事情は分からない。
ドンノクは、王権を守るために、命をささげた内侍ト・シピョンの言葉を、思い出す。
「この王を見ていると、王権を守ろうとした私と、廷臣の権力で国を動かそうとしたカン・チスンの両方がいなくなったとき、この国はどうなるのだろうかと思う時がある」と。
最後、内侍ト・シピョンは、王の側室殺害の疑いをかけられて、毒を飲まされる。
カン・チスンは、謀反に反対する長男に殺される。
最大の功労者であるト・シピョンの命を助けるように、王に聞いてもらえるはずのただ一つの願いを告げた時、それはできない、すでに命令は下されたと答える。
そして、これが政治なのだ、と、王は言う。
この脚本家もしくは、監督は、すごい政治風刺の意味を込めているのだろうか?
朱蒙の撮影の時、様々な政治的な動きがあったようだけれども。
政治と歴史ドラマの認識については、韓国と中国の間でかなり食い違いがある。
もちろん、韓国の歴史観が正しいわけではない。
日本と韓国の間にも大きな溝がある。
そのようなギャップに翻弄されて、政治に愛想を尽かしたのだろうか。
最後は、反乱軍の指揮者となったベッキョルのところへ、ドンノクが駆けつける。
「女ひとり守れなくてどうする」とドンノクは、ベッキョルにいう。
チョンミンを馬にのせて、逃がして、
「美しい顔にしわができるまで長生きしろ、そうでなければ、俺は、夜叉のままだ。人間になれない」
とドンノクは告げる。
そして、圧倒的な王とカン・チスンの長男の軍に立ち向かっていく。
痛烈な皮肉。。。
かな?
最後は、感動的というのだろうか。
美しい女を守るために、強い男が命をささげるというドラマは、たとえば、美しくない女はどう思うだろうか。
純粋な愛として、自己犠牲の極致として、賞賛すべきか?
ま、どうしようもないという感想が残るだけなんだけれども。
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